ぐわぐわ団

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幸せだとしても態度で示す必要はない

幸せなら手をたたこうとは何事だ!と声を台にして言いたい。台にしてどうするという声もあろうかと思うが、声を台にして、その上で言いたいのだ。最初から坂本九に対して敵意をむき出しにした文章であるがご容赦願いたい。さらに、なぜか文体がものすごく偉そうである。めっちょこ上から目線っぽい文章であり、声を台にしてしまった以上、今さら降りるに降りられないのである。なんだ、ぐわぐわ団とはえらそうな文章を書く団体だなと思われる方も多々いるであろうが、これも何卒ご容赦願いたい。普段はこのように偉そうな文章を書いているわけではなく、他の文章を読んで頂ければおわかりになるかと思うが「へぇ、旦那様、申し訳ねぇだ……」ぐらいの平身低頭な文章を書いているのだ。たまには違うテイストを楽しみたいのである。

とりあえず、話がちっとも前に進まないので強引に話を進めるが、大谷翔平がアメリカで大活躍をし、桑原征平がABCラジオでこれまた大活躍をしているのである。彼らが幸せで手を叩いているのなら、それは納得せざるを得ない。ただ、中途半端に幸せだという我々庶民のようなものが、手をたたいたぐらいで幸せになれるとも思わないし、幸せなら手を叩くのが必要条件かもしれないが、十分条件ではない以上、幸せなら手を叩く必要もないのである。大谷翔平が手を叩いているなら、それはそれでよいのである。私も聞き分けのない人間ではない。彼が幸せであり、かつ手を叩いているのであれば、それはそれで文句を言う筋合いはない。

それはそうと、あの歌は「幸せなら態度で示そうよ」と恐ろしいことを言い放つ。「態度で示せ」というのは「誠意を見せろ」と同義の、反社会的勢力の常套手段である。何をもって態度で示せというのか。幸せなら態度で示せという傍若無人なまでのふるまいに対し、我々人民は革命でもって闘わねばならぬ時がきたようだ。

大谷翔平や桑原征平が幸せを態度で示すのなら、それはそれでよいのだ。

私たちが態度で示す必要はない。それが言いたいというか、もはやわけがわからなくなってきましたので、このへんで終わりにします。ご静聴ありがとうございました。合掌。

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