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「トイレ行っていい?」と聞く覚悟

やままさんの記事を読んで、いてもたってもいられなくなり筆をとりました。

yamama48.hatenablog.com

「トイレ行っていい?」 そう尋ねられたら、あなたはどう答えますか。私はこれまで、口ではイイヨと言いつつも心のなかでは 「ダメって言ったらどうするんだろうか」 と思っていました。ときにはそのまま言っていました。このシチュエーションにおけるスマートな言葉は「トイレ行ってくるね」という宣言形の言葉だったのです。

「トイレ行っていい?」と聞く側にとって「ダメ」と言われた場合、答えはひとつしかありません。「漏らす」です。シモの話なので具体的に描写するのは差し控えますが、 大惨事です。でも、その覚悟を持って「トイレ行っていい?」と相手に判断を委ねているのです。あえて例えるなら、切腹を申し渡されるかもしれない武士のような気持ちなのです。

そこまで覚悟して、相手の判断に委ねるのはなぜなのか。自分では決めかねるからです。自分で決めるのが好きな人がいる一方で、できる限り人に判断を委ねたい人がいるのです。どんな簡単な選択であったとしても、自分で決めるというのには責任が伴います。そもそも自分で決めてよいのかどうか、最終的な権限は誰にあるのか、その権限を持っている人にどう説明してどう納得させるのか、決めるというのはものすごく重いのです。そして、やたらと面倒です。

一方で、どんな結末が待ち構えているとはいえ、決めてもらうのはラクなのです。ものすごくラクです。自信があって、精神的に強い人であれば「自分で決めるのは当然だろう!」と思うのかもしれませんが、自信がなかったり、精神的に弱っていればいるほど、些細なことでも決めてもらいたいのです。

メンタルがヤラレていると、びっくりするぐらいに疑問形ばっかりになるんです。「トイレ行っていい?」と聞いてくる人は、漏らす覚悟ができている一方で、メンタルがヘロヘロになっている可能性があります。そんな状態ですから「ダメ」と言えば漏らしますので、なんとなくでよいので推し量っていただければ幸いです。合掌。