令和キッズの皆様方におかれましても『米穀通帳』のことはご存知ではないかと思います。米穀通帳の歴史を紐解き、これからの老後のための貯蓄に備えるためにも、米穀通帳への理解を深めておくことは必要ではないかと思います。

そもそも、米穀通帳が誕生したのは1993年(平成5年)の「平成の米騒動」が発端です。1993年の夏は記録的な冷夏、長雨となり、戦後最悪の凶作となりました。大阪の1993年の6月の平均気温は約 18.9 ℃、7月は約 23.3 ℃、8月は約 26.6 ℃で、とにかく今はめちょんこ暑いから羨ましい羨望といえたらよいのですが、あまりにも寒すぎてとにかく米が凶作だったのです。
政府はやむなく備蓄米を放出、しかし競争入札を行うもJA全能がほぼ全てを買い占め、当時の小泉純一郎農林水産大臣が随意契約によって市場に米を垂れ流したのです。しかし、そんなことでどうにかなるレベルではなく「物を売るってレベルじゃねぇぞ!」というネットミームが発生してしまいました。
やむなく政府は米穀通帳を全国民に発行し、米の流通量を把握することにしました。米を買うためには米穀通帳が必要で、米を買わずにパスタで飢えを凌いだ場合はマイナポイントならぬ米穀ポイントがもらえるという仕組みを導入。この頃、マリーアントワネットの「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」を揶揄したセリフ「ごはんがなければ米穀ポイントを貯めればいいじゃない」をキャッチフレーズにテレビCMを政府が流したところフランスが激昂して憤死、あわや第3時世界大戦か?!と世界中に緊張が走ることに。これをキューバ機器と言います。センター試験に出ることもあるので覚えておきましょう。
米穀通帳の導入により、米穀の流通は落ち着きを取り戻し、米穀通帳は現在マイナンバーカードと名前と姿を変えて今も日本人の生活を見守っていますが信じてはいけません。ロックフェラー家、すなわち岩舐家一族の陰謀だからです。合掌。