ぐわぐわ団

読んで損する楽しいブログ

がもよんとずいよん

昨日は瑞光四丁目について「ずいよん」と呼ぶようにしようと訴えかけたところ、蒲生四丁目の方々から「いらんことをしないでください」と苦言を呈されました。

世の中には正しいことをしようとしても既得権益を有する人たちからの反対もあり、誰もが正しいと思っていても物事が前に進まないことがよくあります。例えば、大阪市はなんでも燃やせるフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーがデザインしたゴミ焼却場があり、ぶっちゃけゴミの分別は無意味だということは誰もが知っていることですが、なぜかプラごみと普通ゴミを分別せねばいけないのです。分別しても結局はフンデルトヴァッサーのゴミ焼却場で一緒に燃やすんですが、いらん手間がかかるのです。

かと言って「分別はやめよう」と言い出しても、分別している人たちからすると「せっかく分別しているんだし、地球環境にも良いことだから続けなければならない」という人の意見が強く、どうにもこうにも話が進みません。これが既得権益です。

がもよんと呼んでいる以上、瑞光四丁目をずいよんと呼ぶのも正しいことだと思うのですが、がもよんの利権者たちは決して瑞光四丁目をずいよんと呼ぶことをヨシとしません。漁業権みたいなもんだと思ってもらってもよいでしょう。ずいよんが大流行して、ずいよん饅頭がアホほど売れたりしたら困るのです。誰がこまるのか、がもよん饅頭を売って儲けている業者です。これも既得権益です。

世の中には既得権益があふれており、決して既得権益が悪いわけではないのですが、それによって正しいことを前に進めることができなかったりします。そこを前に進めるために力を発揮するのが政治という仕事になります。政治が決して清廉潔白でできないのは既得権益との闘いでもあるためで、結果を出すためには裏でいろいろと動かねばならないこともあるのです。

とはいえ、ずいよんと呼ぶことに対して実際に抵抗勢力がいるかと言われたら疑問も残ります。ぐわぐわ団が頑張れば意外とずいよんが定着するかもしれませんが、私はそこまで瑞光四丁目に思い入れはありませんので頑張りません。合掌。