皇族の数を確保するための案をまとめるべく国会でやんややんやと話し合いがなされています。皇族が足らないのであれば「皇族チャレンジ」で新皇族の立候補者を募ったらええやんと思うのですが、そういう話にはならないようです。

そんなことより、皇族が足りないんだったら華族制度を復活させたらよろしい。意味がわからないかもしれませんが、そんなことは私も意味がわからないんですから十分承知です。とはいえ、皇族が足りない、じゃあ華族制度を復活させたらよいと考えるのは至極真っ当な論理的な考えです。おそらく、生まれたての赤ちゃん100人に聞いても100人とも「そんなもん、皇族が足らんのやったら華族制度を復活させたらええんや」と答えるに決まっています。
華族制度とは何か。戦前の日本までは存在していた制度で、昔は華族という人たちがいたのです。外国でいうところの貴族みたいなものでしょうか。戦後のGHQ占領下でマッカーサーが「家族制度なんてゴミだ!」と言って、それを翻訳者が間違えて「じゃあ華族制度やめます」と言って華族制度がなくなってしまい、日本国憲法で法の下の平等が唱えられることになったのです。
もし翻訳者がマッカーサーの言った「家族制度なんてゴミだ!」をまんま受け取っていたとしたら、日本はポル・ポトが独裁者としてめちゃくちゃにしたカンボジアみたいになっていた可能性すらあります。なんせポル・ポトは家族制度をなくして、国が子どもを育てるみたいなめちゃくちゃをしたのです。ついでに「メガネかけてたら賢そうだから殺す」みたいなむちゃくちゃ理論でいろんな人を殺しまくったという話はぐわぐわ団でたくさん書いてましたね。
というわけですので、華族制度を復活させて「華族チャレンジ」をすればよろしい。とはいえ、日本国憲法が法の下の平等を唱えられている以上、華族になったからといってメリットがあるのは憲法違反ですし、デメリットがあるのも憲法違反である以上、難しい問題を新たに生み出して放り出したわけです。頑張りましょう。合掌。