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大納言

日曜日、Hugっと!プリキュア、そしてゲゲゲの鬼太郎を見たあと、することがなかったので「大納言」について色々と調べていたのです。もう少しほかにやることがないのかと思われたかもしれません。私もその通りだと思います。計算ドリルでもすればいいのにと本気で思います。ただ、今は計算機がありますし、Excelもあります。MacユーザーであればNumbersです。計算するのに便利なモノがたくさんあるのに、どうして多感な小学生の時期に、時代遅れとも言える計算ドリルをせねばならんのか、その疑問にお答えします。

いや、お答えしません。

今日は「大納言」について調べていたんですから、計算ドリルの話はさておき、大納言について語るのがスジというものです。話がとっちらかってしまっては、読者の皆さまの混乱を招くだけです。記事のタイトルも「大納言」と3文字だけで、ちっともSEO対策をしていません。本来であれば『【必見】大納言について調べてみたよ!大納言はここがスゴい!ベスト100!【時代劇】』ぐらいにしないといけないのですが、ちょっと文字数が多いです。ベストは32文字程度がSEO対策にはちょうどよいと聞いたことがありますが、本当かどうかはわかりません。

唐突ですが、やっぱり、なぜ計算ドリルをせねばならんのか、その疑問にお答えします。計算ドリルをすべき理由は、基礎をしっかりと固めるためです。便利な道具を使うためにはまず、原理、原則をしっかりと学んでおかねばならないからです。じゃあ、ドラえもんに出てくるのび太は便利な道具を使うために原理、原則をしっかりと学んでいるのかと思われるでしょうが、のび太は原理、原則をしっかり学んでいないから、いつも失敗するのです。

藤子・F・不二雄先生がドラえもんを通じて小学生に伝えたかったのは、便利な道具を使うためには、まずはしっかりと勉強をしなければいけないよということだったのです。決して、ドラえもんが売れれば印税ががっぽりでウハウハでんがな、ということではありません。よくわかりませんが、大納言についてちっとも書いていないので、次につづくかもしれません。おわり。合掌。

「日本史」と「世界史」どちらを選ぶか問題

大学入試センター試験の社会の教科の話です。「日本史」と「世界史」どちらを選ぶか。「政治経済」「倫理」「地理」という選択肢もあります。受験するところによっては2科目必要なこともあるみたいですが、私が受験したところは1科目でよかったので、結論から言うと「世界史」を選びました。今から、その理由を書きたいと思います。

……なんか、どこかの型にはまったブログみたいだ。

いかがでしたか?

って書いてしまいそうなので、先に書いておこう。

それと、私が受けたのは一応、確かセンター試験だったはずですが、なんせめっちょこ昔の話です。共通一次だったかもしれません。科挙だった可能性もあります。

科挙というのは、昔の中国で行われていた宦官になるための試験で、とにかくあほみたいに難しくて、それこそ人生をかけて死ぬ思いで勉強するのです。今の公務員採用試験なんて目じゃないほど難しくて大変だったらしいのですが、そんな辛い思いをして合格をしても、おちんちんを切られるとかたまらんなぁと思っていたら、宦官ではなくて、官僚になるための試験でした。頭の中がごちゃごちゃになっています。

宦官が何かわからない方はぜひ、世界史の勉強をしましょう。

それはそうと、センター試験というのも、2020年には大学入学共通テストになるので、ここで「世界史」にすべきか、「日本史」にすべきかを書いたとしても役に立つ情報でもないのですが、受験生に役に立つというより、すでにセンター試験を受けた人に懐かしんでもらいたいぐらいのつもりで書いています。科挙を受けた人も懐かしいと思ってもらえたら嬉しいです。

では、いよいよ本題。

「日本史」にしなかった理由は簡単です。「藤原なんとか」が多すぎる、それだけです。ごちゃごちゃするんですよ、戦国時代になって、武田やら、上杉やら、織田なんかが出てきて気持ちがラクになるのですが、特に平安時代は「藤原なんとか」ばっかりじゃないですか。しかも一字違いでややこしいのばっかり。江戸時代になると「徳川なんとか」ばっかりになるのもツラい。もっとこう、アグレッシブにならんのかと言いたいのです。

そんなことを言うなら「世界史」も同じで、フランスはルイばっかり、イギリスはジョージ、ロシアはニコライばっかりですが、それはそれ、なんとかなります。合掌。

完璧な人などいない

(私(=まけもけ)以外)完璧な人などいません。あの大谷翔平ですら、10回のうち7回以上は打てずにアウトになるのです。あの羽生善治ですら、絶対に将棋に勝てるわけではないのです。完璧超人、ビッグ・ザ・武道ですら、キン肉マンには負けるのです。

(私(=まけもけ)以外)完璧な人などいないのです。よく、隣の芝生は青いと言いますが、本当は緑色なのです。緑色なのになぜ青色と言うのか、これを語りだしたら止まらなくなりますので語りませんが、隣の芝生は青いのです。実は自分の芝生も青いのです。本当は緑色なのですが、話がややこしくなるので青色ということにしましょう。隣の芝生も青ければ、自分の芝生も青い。そして、隣の芝生だけではなく、ほとんどの芝生は青いのです。

ややこしいことを言うようですが、隣だけを見ていると、隣だけが青く見えるのです。赤の他人という言葉もあるように、本当は赤色なのかもしれません。でも、青色だと思い込んでしまうと、困ったことに視野が狭くなってしまって、青色にしか見えなくなります。自分も青いし、隣も青いし、他人も青い。ややこしくなるだけで、さっぱりわけがわかりません。 

みんなちがって、みんなかわいい♡

というのは、サンリオの名言です。ものすごく深い言葉です。この言葉にはもちろん、自分自身も含まれます。全てを肯定する、すごく良い言葉だと思うのです。そして、みんな違うということは、(私(=まけもけ)以外)完璧な人はいないということでもあります。深読みしすぎかもしれませんが、みんな違うということは、そういうことなのです。

何をごちゃごちゃ言っているのかといいますと、他の人はめっちょこすごいのに、自分はどうしようもなくダメみたいに考えてしまう時、どうしたらいいのかなと考えたのです。(私(=まけもけ)以外)完璧な人などいないというスタンスもありといえばありですが、それよりも「みんなちがって、みんなかわいい♡」でいいんじゃないかなと思いました。さあ、べよべよしましょう。合掌。

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