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たまごの持つ語感

ぐわぐわ団では事あるごとに「命をいただく」をテーマに記事を書いているのですが、今回はもうひとつのテーマである「語感」について記事を書きます。本当にそんな大それたテーマがあるのかというと、あると信じましょう。信じる者は巣食われる。

簡単に言うと、広瀬すずは広瀬すずだから良いのであって、見た目が広瀬すずでも名前が広瀬ノストラダムスだったら、ちょっともんにょりするよねってことです。ちょっとどころでなくかなりもんにょりするかもしれません。綾瀬はるかが綾瀬フルシチョフだったらもんにょりするでしょう。

逆を考えてみましょう。フルシチョフがニキータ・セルゲーエヴィチ・はるか、だったとしたらそれはそれでイヤじゃないでしょうか。適材適所なのです。

なんとなく雰囲気でおわかりいただければ十分なのですが、「たまご」って音がかわいいですよね。まるくて、かわいい。「たまご」の持つ音の可愛らしさが「たまご」をたまご足らしめていると言えないでしょうか。あのまるっこい物体が仮に「ゲボス」だったとしたら、あそこまで可愛らしさを感じることはないと思うのです。

たまご焼きがお弁当に入っていたら嬉しい。あれは「たまごやき」という音が持つパワーによるものなのです。思考実験です、考えてみてください。「お弁当にゲボス焼きを入れておいたわよ。」と言われて、嬉しいでしょうか。ゲボス焼きが指し示すものが黄色くて美味しいあの物体だったとしても、「ゲ……ゲボス焼き……」となるのが当然だと思うのです。

「君はまだ作家のたまごなんだから、しっかり勉強しなさい。」と偉い人に言われたら「頑張ります!」と奮起するでしょう。でも、「君はまだ作家のゲボスなんだから、しっかり勉強しなさい。」と同じ偉い人に言われたとしても、「頑張ります!」とはならないのではないでしょうか。作家のゲボスが指し示す意味が作家としては修行中であるとしても、です。

このように考えると、英語圏の人は本当に「エッグ」で満足しているのか悩むところなのです。もっと「たまご」のような可愛らしさを求めてしかるべきではないかと、いらんお世話を焼いてしまうのです。ロシア語だと「イーツォ」ですし、トルコ語だと「ユムルタ」です。ルーマニア語だと「オー」です。世界のホームラン王・王貞治と同じ音になります。それはそれでどうなんだと思いますが、言語はそれぞれの生活や文化の上に成り立つものですので、かわいい、かわいくないで優劣がつくものでもありません。

何となく、すごい良いことを言った気になったのでおしまい。合掌。

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