ぐわぐわ団

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生きるために働くのであって、働くために生きるのではない

タイトルに書いたことをそのまんまコピーしてGoogleの検索窓に貼り付けて検索してみたら、結構似たようなことを考えている人も多いようです。お昼ごはんを食べながらぼんやりと「生きるために働く云々」といったことを思いついて、これはもしかしてものすごいことを思いついたのではないだろうかと我が事ながら震えたのですが、会いたくて会いたくて震える人じゃないのですから、そんなに震えてどうすると思うわけです。それ以上に、お昼ごはんを食べながら震えている人がいたらちょっと怖いです。電気うなぎでも食べているのかもしれません。

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とにかく、人生の目的を履き違えてはいけないのです。どれほど働いても、いつかは働けなくなる日がくるのです。その時に「あれ、これから先、何をして生きていけばよいのだろう」と立ち止まっているようではダメなのです。死ぬまで働くなんて意気込んでいる人もいるようですし、どっかの会社は定年80歳上限というだけでもすごいのに、その上限を撤廃するとか言い出しているようで、自分が80歳になってもひいこら言いながら働かねばならないというのを想像するだけでおぞぞが走ります。子どもの数が減ってきている以上、働く人を確保するためには高齢者にも働いてもらわねばならないのはわかります。わかりますが「一億総火の玉だ!」みたいなノリは勘弁してもらいたい。そして、働けるという選択肢がある一方で、働かないという選択肢も残しておいてもらいたいと思うのです。

さて、私たちは生きるために働くのであって、生きるために働かなくてもよいのであれば働かなくてもよいと思われるかもしれませんが、なんせ日本国憲法によって日本国民には「労働の義務」が課せられているのです。これはもう、とんでもないことです。労働の義務ではなく、労働の権利とすべきではないでしょうか。ついでに言うと、納税の義務も納税の権利とし、納税してもよいし、納税しなくてもよい、ただ納税をするしないで不公平が出ないように、そのへんはうまく政治家に考えてもらえたらよろしいと思います。合掌。